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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5574号 判決

原告 赤澤巧

右訴訟代理人弁護士 斉藤勘造

被告 青木三恵子

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 柏木秀夫

同 内藤雅義

同 横山哲夫

主文

一  被告青木三恵子は、原告に対し、金八〇三万四二八九円及びこれに対する昭和五八年五月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告青木三恵子に対する本判決が確定したときは、金八〇三万四二八九円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一七四九万七二七八円及びこれに対する昭和五八年五月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五八年五月二九日午前五時五五分ころ

(二) 場所 東京都田無市本町三丁目九番二三号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 自家用普通乗用自動車(多摩五九ゆ四二一号)

右運転者 被告青木三恵子(以下「被告青木」という。)

(四) 被害車 自家用普通乗用自動車(多摩五六り二三七八号)

右運転者 原告

(五) 態様 被害車が本件交差点に小平方面から進入したところ、右方の三鷹方面から同交差点に進入してきた加害車と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告青木は、加害車を自己のため運行の用に供していたものであるから、加害車の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故によって原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。

(二) 被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告青木との間で加害車につき被告青木を被保険者として自動車保険契約を締結したものであり、被告青木の損害賠償責任の額の確定を条件として原告に対して同保険金を支払う義務がある。

3  原告の損害

(一) 原告は、本件事故のために、頭蓋骨骨折、脳挫傷、頭蓋内血腫、気脳圧、左耳部挫創傷、右肩鎖関節脱臼骨折の傷害を受け、この結果、嗅覚脱失、味覚障害、痙性頭頸部痛、右鎖関節部痛等の後遺症が残り、自動車損害賠償責任保険上、嗅覚脱失につき自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「別表」という。)一二級相当、脳挫傷による頭頸部の頑固な神経症状につき別表一二級一二号、右鎖関節部痛等につき別表一四級一〇号、以上により併合一一級の認定を受けた。

(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 治療費 金三一九万五四九八円

(2) 入院雑費 金五万七〇〇〇円

一日につき金一〇〇〇円、入院五七日分。

(3) 入院付添費 金二二万八〇〇〇円

一日につき金四〇〇〇円、入院五七日分。

(4) 休業損害 金五四万五四〇〇円

原告は、立正佼正会共済会に勤務していたが、本件事故のため昭和五八年五月二九日から同年九月三〇日まで一二五日間欠勤し、これにより同年一二月に支給されるべき賞与金五四万五四〇〇円が支給されなかった。

(5) 逸失利益 金一二七四万八九七八円

原告の昭和五八年の年収は金三八五万二四〇〇円であり、前記後遺症による労働能力の喪失割合は六七歳までの稼働期間三六年間を通じて二〇パーセントに達するものというべきである。そして、中間利息をライプニッツ方式により控除して後遺症による逸失利益の現価を求めると金一二七四万八九七八円となる。

(6) 傷害による慰藉料 金一五〇万円

入院五七日、通院実日数一三日。

(7) 後遺症慰藉料 金三四〇万円

4  損害の填補

(一) 自動車損害賠償責任保険 金二九九万円

(二) 労働者災害補償保険(治療費分) 金三〇四万七五九八円

5  弁護士費用 金一八六万円

よって、原告は、被告らに対し、各自前記3(二)の損害合計金二一六七万四八七六円から4(一)の金二九九万円及び同(二)の金三〇四万七五九八円を控除した残額に5の金一八六万円を加えた金一七四九万七二七八円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年五月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実について、(一)のうち、被告青木が加害車の運行供用者であることは認め、その余は争う。(二)は認める。

3  同3の事実について、(一)は認め、(二)は知らない。

4  同5の事実は知らない。

三  抗弁(自賠法三条但書の免責)

被告青木は、本件交差点を進行するにあたり、前方左右を注視し、信号機の青色表示にしたがって進行したもので、加害車の運行に関し注意を怠らなかった。

原告は、赤信号を無視し、高速度で本件交差点に進入したもので、本件事故は、原告の右の一方的な過失により発生したものである。

加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかった。

四  抗弁に対する認否

抗弁の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2の事実について、(一)のうち被告青木が加害車の運行供用者であること及び(二)は当事者間に争いがない。

三  そこで、次に抗弁の事実について判断する。《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件事故現場は、東京都田無市本町三丁目九番二三号先の通称青梅街道(以下「原告進行道路」という。)と同三鷹街通(以下「被告進行道路」という。)の交差する交差点(本件交差点)であり、付近は市街地、路面は、舗装され平坦で、本件事故が発生した昭和五八年五月二九日午前五時五五分ころは乾燥していた。本件交差点は、信号機により交通整理が行われており、原告進行道路、被告進行道路とも左右の見通しは悪く、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。本件交差点における信号機のサイクルは、原告進行道路が、青五四秒、黄四秒、赤四二秒で、これに対応して被告進行道路が、赤六〇秒、青三四秒、黄四秒、赤二秒(最初の赤六〇秒に連続する。)である。

被告青木は、加害車を運転して、被告進行道路を時速約三九キロメートルの速度で走行し、本件交差点の約七〇メートル以上手前(なお、同地点は、被告青木の記憶があい昧であることから、十分に特定することができない。)で対面の青信号を確認し、その後は同信号機の表示を確認しないまま、本件交差点に進入したところ、左方から本件交差点に進入してきた被害車を発見し、ハンドルを右に切るとともに急制動の措置をとったが間に合わず、加害車の前部と被害車の右前側部が衝突した。

原告は、被害車を運転して、原告進行道路を時速約六五キロメートルの速度で走行し、本件交差点の約二〇メートル手前で対面の青信号を確認し、更に約一一メートル手前でも対面の青信号を確認して、本件交差点に進入したところ、前記のとおり加害車と衝突した。

右の速度及び距離(いずれも若干の誤差があるものと考えられる。)によると、被告青木が青信号を確認してから本件交差点に進入するまでにはおおよそ六ないし七秒を要し、原告が青信号を一回目に確認してから本件交差点に進入するまでには約一秒を要するから、本件交差点の信号機のサイクルに照らし、本件交差点進入時において、原告進行道路の信号は、青、被告進行道路の信号は赤を各表示していたものと認めるのが相当である。

《証拠判断省略》

以上の事実によれば、被告青木は、対面の信号機の表示に注意し、同信号機の表示に従って走行すべき注意義務を怠ったことが明らかであるから、被告らの免責の抗弁は、その余の点につき考慮するまでもなく理由がない。したがって、被告青木は、自賠法三条に基づき本件事故によって原告が受けた人的損害を賠償する責任があり、被告会社は、被告青木の損害賠償責任の額の確定を条件として原告に対して同保険金を支払う義務がある。

(なお、右によれば、原告には制限速度違反の事実が認められるものの、これは本件事故の発生と相当因果関係があるものということができず、これを理由に過失相殺することは相当ではなく、また、本件全証拠によっても、他に、原告に斟酌すべき過失があったことを認めるに足りない。)

四  原告の損害

1  請求原因3(一)の事実は当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によれば、原告は、右傷害のため、本件事故当日の昭和五八年五月二九日から同年一二月一九日までの間田中脳神経外科病院で診断治療を受け(入院五七日、通院実日数一三日)、同日前記後遺症を残して症状が固定したものと認めることができる。

2(一)  治療費等 金三一九万五四九八円

《証拠省略》によれば、原告の前記治療のために金三一九万五四九八円の治療費等を要したことが認められる。

(二)  入院雑費 金五万七〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は、入院中一日金一〇〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められる。

(三)  入院付添費 金一九万九五〇〇円

《証拠省略》によれば、入院期間中、原告の妻が付き添って看護したことが認められ、右による損害は、一日当たり金三五〇〇円とするのが相当である。

(四)  休業損害 金五四万五四〇〇円

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故当時、立正佼正会共済会に勤務していたが、本件事故のため昭和五八年五月二九日から同年九月三〇日まで一二五日間欠勤し、同年一二月に支給されるべき賞与金五四万五四〇〇円が支給されなかったことが認められるから、金五四万五四〇〇円の休業損害を被ったものと認められる。

(五)  逸失利益 金六三七万四四八九円

《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和五四年一月一九日調理師の免許を取得し、本件事故当時、立正佼正会共済会で調理師として勤務し、年額金三八五万二四〇〇円(昭和五八年度の給与所得額金三三〇万七〇〇〇円に前認定の支給されるべき賞与金五四万五四〇〇円を加算したもの。)の収入を得られるものであったところ、前記後遺症(特に嗅覚脱失及び味覚障害)のため調理師の仕事に従事することができなくなり、現在は立正佼正会共済会の食堂関係の雑務に従事していること、原告の給与所得は昭和五九年度が金四〇四万三三五〇円、昭和六〇年度が四〇六万一七四〇円で、現実には所得の減少は生じていないこと、以上の事実を認めることができる。

そして、右事実に前認定の後遺症の内容及び程度を併せて考えると、現在のところ原告に現実には所得の減少は生じていないものの、原告は、立正佼正会共済会には事務職として就職したものではなく、復職後、調理の仕事ができないことから、やむを得ず食堂関係の雑用に従事しているもので、調理師の資格を有しながら、将来に亘って調理師の仕事に従事することができるようになる見込みはなく、このため将来の昇給・昇任については同僚と比べて相対的に不利益な取り扱いを受ける虞れが予想されるうえ、転職等の場合には右資格を活用することができないのであって、前記後遺症が著しい障害となることが推測されるといわなければならない。したがって、これら諸般の事情を総合勘案すると、原告の後遺症による逸失利益については、稼働可能と考えられる六七歳までの三六年間を通じて、その労働能力の一〇パーセントを喪失し、右期間、同割合による所得の減少を来するものと評価するのが相当であり、それを超える原告の逸失利益の請求は失当というべきである。そうすると、前認定の原告の所得額に右一〇パーセントを乗じ、同額からライプニッツ方式により中間利息を控除して、右三六年間の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、その金額は金六三七万四四八九円となる。

(六)  慰藉料 金三〇〇万円

原告の受傷の内容、治療経過、後遺症の内容、程度等諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては金三〇〇万円をもって相当と認める。

五  損害の填補

(一)  自動車損害賠償責任保険 金二九九万円

(二)  労働者災害補償保険(治療費分) 金三〇四万七五九八円

右損害の填補については原告の自認するところである。

六  弁護士費用 金七〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は、金七〇万円をもって相当と認める。

七  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、被告青木に対し、前記四2の損害合計額金一三三七万一八八七円から五の損害填補額金六〇三万七五九八円を控除した残額金七三三万四二八九円に六の金七〇万円を加えた合計金八〇三万四二八九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年五月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、被告青木に対する本判決が確定することを条件として右金八〇三万四二八九円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、各求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

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